今日はなにを観た?

映画、ドラマ鑑賞記録

カムカムエヴリバディ 雉真勇考察もしくは当て馬に見せかけたなにか

雉真勇は安子編のダークヒーローなのか?

 

安子編が終わり、安子というヒロインが何も成し遂げられないままアメリカへ去ったのを見て、ちょっと魂が抜けた思いがするのだが、それ以上に雉真勇という男は一体なんだったのか…という疑問が次々と湧いてくる。

 

とりあえず雉真勇という複雑怪奇なキャラに村上虹郎をあてたことはカムカムスタッフの大ファインプレイだと思う。彼はこの厄介な男に息を吹き込み、最後まで視聴者を見事に欺いてみせた。

 

そう、彼は欺いたのだ。

 

前回の「おかえりモネ」でりょーちんが、ヒロインに尽くすだけ尽くして去っていった幼馴染たちの恨み(笑)を晴らそうとしてるのではと思ったこともあったが、勇はさらにそこから一歩踏み込んでヒロインだけではなく、視聴者にまで一太刀浴びせていったのである。あっぱれな太刀筋であった(ばたり)。

 

勇自体は、悪人ではない。野球チームのメンバーにはおそらく好かれているし、親子仲も兄弟仲も悪くない。安子に対しては、あだ名をつけたりしてからかったりしてはいるものの、まあまあ少女漫画や恋愛ドラマではありがちツンデレの範疇に見えなくはない。

 

だか、ところどころ彼には不穏な態度が見られるのは気になっていた。

 

両親が明らかに長男で出来の良い跡取りの稔を、自分より大事にしていることが引っかかっているようだった。稔が帰ってきたときの美都里の態度に、自分との違いを指摘していたし。

 

これも当時の長男と次男の扱いの違いからそう考えるのも無理はないだろう。だけど、当時、次男がぞんざいに扱われることを当たり前だからといって、その人が傷つかないかどうかは別である。勇の中に本人も気づかないまま澱のようなものが貯まっていっても仕方ない。

 

安子が稔とお祭りデートしたとき、稔がいなくなった隙を見計らって、安子に稔は相応しくないと二人の仲を裂こうとしたあたりでおや? と思った。

 

安子の気持ちも確認せず、いきなり告白して抱きしめたり、かなり自己中心的な行動を取るなあと思った。彼の行動自体は、恋愛ものなら割とありがちだし、情熱的だと評することもできるギリギリのラインだろう。

 

結局、勇は稔と安子の件は、それでもなんとか自分の中で諦めて、二人を応援することができるようになったときはこれで彼も一つ成長出来たはずだったのだが。

 

安子編でいろんなものが狂ってしまったのは、稔の死だ。

 

稔の死によって、勇にとっては本人の自覚がないままずっと欲しかったであろう両親の愛情と期待を集める長男のポジション、これが転がり込んだのである。それは同時に、兄嫁である安子の人生もまたコントロールできるポジションなのだ…。

 

安子編で描かれた雉真家は、典型的な家父長制に支配された家である。

 

勇はその家父長制ではどれだけ頑張ろうとも大事にしてもらえなかった。素直で真っ直ぐな気のいい男ではあるけれど、それはそうでないともっと大事にしてもらえないことを本能的に察していたのではないか。

 

彼の持つ典型的な男らしさは、彼の心の奥底にある闇を上手く覆い隠していたのではないか。

 

思い返せば、勇はよく安子の店番をするたちばなに来て、チームメイトに和菓子をおごっていた。太っ腹で面倒見のいい行為ではあるが、そうすることで彼はどこかで愛されることに対して打算的なものを感じていたのではないだろうか…*1

 

安子が大阪から帰ってきてから、アレほどタイミングが大事だと強調されていた小豆を煮ている最中に、勇が声をかけている描写が挿入されていた。勇は安子が好きだといいながら、彼女が本当に大事にしているものが見えてなかった。

 

彼が千吉から勧められ、プロポーズをしたとき、安子はいつもの小豆のおまじないを英語で唱えていた。しかし、勇は全くそのことに気づいてなかった。つまり彼は、安子のおまじないをきちんと聞いていなかったということになる。

 

このあたりから、彼の本当の人となりが見えてきたのではないか。

 

勇は、家父長制の割りを食って大事にされなかったからこそ、家父長制の恩恵を受けるようになった途端、「支配と従属」で人と接するようになってしまったのだろう。それが向けられたのは家の中で弱い立場である雪衣なのは当然のことかもしれない。

 

いや、それにしても37話で雪衣の妊娠発覚で、一気に勇への評価が「朝ドラお馴染みの健気にヒロインに尽くし続ける幼馴染の男の子」から「ヒロインに結婚を申し込みながら女中をセフレにしていたただの不誠実な男」にひっくり返ったのは見事である。

 

──ちなみに、敢えて雪衣との関係に妊娠という結末をつけたのは、これは視聴者に対して、家父長制の一見良識的に見える歪みを分かりやすく提示するためだったと思うし、物語としてきっちり否定しておかないといけないことだったからじゃないかなあ。

 

つまり、「自分のことを一途に思う相手と再婚することは子供にとっても幸せである」

という良識という名の同調圧力を潰さないといけなかったからじゃないだろうか。

 

勇にところどころ見られた安子に対する引っかかる態度は、雪衣の扱いで腑に落ちたのだけど、村上虹郎の熱血野球バカな気のいい兄ちゃんっぷりの演技にすっかり騙されたのである。安子編の影の主人公だったと言ってもいい。あなたが犯人です。

 

 

さて、るい編の最初で、彼の家族のひんやりとした雰囲気からすると、勇は雪衣との間に子供ができちゃったのが唯一の失敗だったぐらいに思ってそうなんだよなあ。

 

雪衣が冷ややかなだけではなく、実の息子である昇も父親に対して「葬式が始まるまでに勉強しておきたい」と答える。おそらく野球に興味がないだろうことが一発で分かる秀逸なセリフだ。勇が子供を可愛がらないとは思えないのだが、昇の態度からして、一体どういうやり取りがなされてるのか気になるところである。

 

るいもまた、キャッチボールにはつきあってくれてるものの、高校は中退してしまっているし、金銭的な援助も断っている。雉真家絶対頼りにするもんかウーマンになってるし、勇に対しても表面的に愛想よくしてるだけに見える。

 

ここまでくるとさすがに勇が気の毒なのだが、雉真家はこのまま退場なのかなあ…。

 

せめてどこかで、どうしてこうなったんだろうと思ってるだろう勇に、答え合わせをしてあげてほしいと思う。

 

あまりにもこのままでは雉真家に救いがなさすぎるのよね……。

 

 

 

*1:安子は早くから勇に対してミリも愛情を持ってなかったのは、勇の好意の示し方が彼女には本能的に受け入れられないものだったのかもしれない