山盛りごはん三杯

映画、ドラマ鑑賞記録

映画/鑑定士と顔のない依頼人

kanteishi.gaga.ne.jp

 

ミステリー部分については、ある程度ミステリーを読み慣れた人なら観ていくうちになんとなく予想はつくと思うのですが、ジェフリー・ラッシュの名演と美しい映像、ぐいぐいと展開していくミステリアスなストーリーと、映画としての完成度の高さに最後まで引きこまれました。

面白かったんですが、ラストの解釈に悩んであっちこち検索の旅に出てしまいましたが。

以下ネタバレ

 

 

 

絵だけを愛し、仕事一筋で生身の女性に全く興味を示さなかった老鑑定士が、奇妙な依頼人と出会い、振り回されていくうちに、初めての恋に落ちていく展開はロマンティックなものは二人が結ばれるまであまりなかったのに、ああこれは好きになってもしかたないと思わせる圧倒的な説得力がありましたね。

クレアの電話でのメンタルを病んでるらしい振り回しっぷりから、壁の向こうにいることがわかり、壁から出てきたところをのぞき見し(彫刻の並んだ像の腰の間からってのが艶めかしくも、下品ではないところがいい)、やがて会話を交わすようになっていく。二人の接近の仕方はミステリーとして、依頼人の正体探しと、ヴァージルが反発から庇護欲をかきたてられ、そこから恋に落ちていく心理と上手く重なっているんですよね。

クレアの目的が鑑定ではなく、ヴァージル自体にあるのはなんとなく予想はつくのと、ビリーは絶対裏切るというのは分かってましたが、やり口自体はそう来たか、という感じでした。またあそこのビリーの絵が効いてるというか……。

ヴァージルも詐欺行為で集めた絵とはいえ、仕事自体は優秀であるし、このままクレアたちがヴァージルを騙して逃げて終わるのはなんだか悪人だけいい思いをするようで、なんだか釈然としない部分もあるのですが、クレアが最後に「何があっても愛しているのは本当」という言葉だけは真実かもしれないですし、そして多分、もうヴァージルにとってはあの絵たちには、かつての自分ほど執着がなくなってたのかなと思います。

彼にとってのミューズはもうクレアになってしまったのだから。

絵は自分を愛さない、でも、クレアは「本当に愛している」という言葉であり希望をヴァージルに残していった。

今までずっと何も答えない絵を愛してきた彼にとって、言葉というレスポンスをもらっただけでも、ヴァージルにとっては十分幸せな状態なのかもしれないと。

 

あとこれはふと思ったのですが、キリスト教偶像崇拝を禁止しているので、もしかすると肖像という偶像を崇拝しているヴァージルはあまり肯定されるものではないのかもしれません。

しかしこれを見ると、やっぱり三次元の女は怖い、という感想が出てきそうな気がしないでも(笑)