山盛りごはん三杯

映画鑑賞記録

映画/バケモノの子

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熊徹! 熊徹! 熊徹! 熊徹! 熊徹!

とにかく熊徹(と多々良と百秋坊+猪王山)が魅力的で、不満点もないわけじゃないけど、全部許した。猪王山にやられるところとか、九太相手に向きになるところとか、ダメなのにかわいいわ色っぽいわ、なにあの生き物。

あと、多々良。完璧にツボにハマった。大泉洋がまた上手いんだよなあ。皮肉屋でずっと熊徹にいろいろ言ってるけど、熊徹のことが大好きなのがわかるし、だんだん九太にも心許していく展開とか、もう。彼と百秋坊(お父さんつーよりお母さんだよね)と熊徹と、彼らのダメな独身男たちのコミュニティがとても良かった。

正直ずっと四人で旅してていいのよ……という感じだったなあ。

一人で生きて一人で成長した熊徹は、自身を客観化できなかったために、強さに限界があった。しかし、九太との修行を通し、初めて自分自身を誰かの目で見ることを覚え、誰かのために強くなることを学んでいった。これは九太の成長物ではなく、ずっと子供のままでいた熊徹が、年長者として、父親として、一人の大人として成長していく物語であったと思う。

落とし所はどうするつもりなのかというのは、見ている最中ずっと思っていたが、割りと無難なところに着地して、きれいに終わったんじゃないだろうか。ただ、破綻はしていないのだが、丸く収まりすぎたので、もう少し外した終り方にしたほうがもうちょっと後を引いたかもしれない。

 

 

以下ネタバレ

 

 

話自体は、「アルプスの少女ハイジ」なんですよね。アルムの山=渋天界と思うと、フランクフルトが渋谷。楓がクララなんだと思う。

だけど、後半こういう展開にするんなら、楓まわりの描写を減らすか、一郎彦の役割を楓に振るか、あるいは猪王山一家をもっと掘り下げて、一郎彦と九太をもっと絡ませてもよかったんじゃなかろうか。

後半についてはこれで特に問題はないんだけど、正直楓まわりの描写があまり面白くなかったんだよね。これは多分九太自体に魅力を感じなかったせいもあるんだけど。

というか別に青年にしなくてもいいんじゃ。

一郎彦の鬱屈は、猪王山が良い父親でありすぎたからこそ、父が好きだから良い子になろうとして、しかし父のようになれないいう皮肉だったわけで、逆にダメな父だからこそ父親に無理になろうとしなかった熊徹と九太の方が理想的な親子になってしまったことの、対比としてもっとしっかり二人に絡みがあってよかったと思う。

猪王山自体は別に父親として一郎彦への接し方を間違えたわけじゃない。でも、父親が正しくても子供が闇を抱えてしまうことはある。でももしそうなったとしても、父親だけでなく、大人たちが一生懸命取り戻そうとする方が、話としては私は好みだったかな。

父が大好きなのに、父のようになれないという絶望を抱え続けたという一郎彦の方に惹かれるんですよね。そして、人間の子供をちゃんと成長させてみせようとした猪王山の気持ちにも。この家族が抱えていた秘密と決意と愛情とそのすれ違いはもっと見せても良かった。だからこそ、最後に一郎彦が目覚めた時に家族が彼を見守っていたシーンはもっと心に迫ったと思うので。

正直、九太は割りと熊徹と出会ってからは、それほど苦労してないからなあ……。実のお父さんもいい人だし。話の分からないお父さんじゃないしね。

それと、楓の持つ闇は親と対決したわけじゃなく、九太=蓮に本音を話せたってだけで、特に解決してるわけじゃないんですよね。親の方にも言い分はあるはずだし、一方的にエリート教育を押し付けられたという視点から彼女が変わった様子が描かれてないのも気になったかなあ。なのでまあ、楓周りは中途半端になっちゃってたので、もう少し描写を減らして、九太に知性を教える存在ってだけで良かったんじゃないかって思う。

とはいえ、熊徹がとにかく魅力的だったので、それで最後まで押し切った。そこを強く評価したい、傑作。

 

天街渋天街